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zoom RSS 詭弁論理学/野崎昭弘

<<   作成日時 : 2009/07/30 20:53   >>

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詭弁と強弁

理屈抜きの「押しの一手」は、「強弁」と呼ぶべきであろう。これに対して、多少とも論理や常識をふまえて「相手を丸め込む(あるいはごまかす)」のが「詭弁」である。

T 議論の種々相

たまに、この人は何でこんなにがんばってんだろ?と思うことがあったのだが、あれは押し通そうとしたり、ごまかそうとしていたのか・・・と言ってみる

二分法

 権力者や組織の有能な指導者たちは、思いついたことをただいいたてるような、単純な強弁術は使わない。もう少しし詭弁術に近い、しかし精神的・肉体的・経済的その他もろもろの威嚇を伴う、有効な技術を駆使する。そのひとつがここでとりあげる二分法である。

二分法とは

人々や考え方などを、ある原理的な基準でふたつに分けてしまう考え方を、二分法という。テレビっ子ならすべての人間を「ワルモノ」と「イイモノ(善人)」に分けるであろう(イギリスの子供は、昔の王さまの話が出るとすぐ、「それ、いい王様?悪い王様?」ときくという)。このように分けるのは、話を簡単にするためには便利であるが、善と悪の谷間にさまよう凡人たちを十把ひとからげにして悪人扱いにしてしまうと、いろいろ問題が出てくる。

U 強弁術

何でも、イチかゼロか、白か黒か、極端な人、いますよね。自分も気をつけないといけない。

あてにならない話

深遠な言葉

 若者たちを悩ませる煙の代表は、「ほんとうの」「絶対的」「本質的」などという、深遠でしかもどこにでも使える言葉であろう。これらがいかに詭弁的であるかは、言葉の意味がぼかされて、結局は「いいように」あしらわれてしまうことからわかる。
(略)
「本質的な」という言葉は、「おれがいいたい」と同じ意味ではないかと私は疑っている。
 こういうつかみどころのない言葉に悩まされたときの、たったひとつの対抗策は、何が「本質的」なのか、「ほんとう」とは何なのか、なるべく具体的な言葉におきかえさせることである。相手がとっておきの逃げ道に逃げ込んだら、そこで議論を終えればよいし、相手が体験あるいは実践を要求してきたら、その要求が(わけのわからない言葉の意味と切り離して、それ自身)価値のあるものか、バカげたことでないかを考えて判断すればよい。曖昧な言葉が理解できないのは、恥どころか誇ってもよいことである。

V 詭弁術

本質的な問題は何か?と、いう人知ってるなぁ・・・いちど良く聞いてみたことがあったが、確かに”おれがいいたい”だった。でも仕方ないのでいいたい通りに進めてみたら、上の人にまっぴら御免だ、といわれてあっさり引き下げられた。

上の人は、”おれがいいたい”話になる前の、まぁ無難な線が問題だろうと常識的な話を始めた。

でも、なかなか論理学というのも敷居が高いですな。興味を持ったきっかけは、数行だったのですが・・・


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野崎 昭弘
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